クジュラのブログ。

なにとぞ。

研修生発表会 9月 煌

授業参観をさらに外側から見ている感覚になった。

 

ファミリー席は通常であれば一回席と変わらないクソ童貞ばっかりなのだが今日だけは印象が違う。

入場列に並ぶファンの十人十色ぶり。ガチの高齢者が一定数いる。

研修生発表会は孫娘を見る感覚なのかな。

そのまま2階の中央に着席。今までで一番なくらいの見栄え。ただ今日はグッズ列の混雑があるため入場自体はまだ低速らしい。なにしろ今日が研修生30期のお披露目である。完全にBEYOOOOONDS目当てだった(のだがいざとなって研修生グループの一人の日替わりを購入する)私にはそれほど執着があったわけではないが、3時間並んでしまったことは未だに腹立たしい。誰に向かうはずの怒りであろうか。取り敢えず「この隣の人は臭いな」で片を付けた。

 

授業参観にはずっとおままごとのような真似事のイメージを持っていた。取り繕うわけでもなく、気合いを入れるわけでもなくいるのに通常の授業とは全員が違った心持ちになる。生徒も先生も保護者も。

研修生発表会に当て嵌めると生徒は勿論研修生、先生はおそらくまことやデビュー済みのBEYOOOOONDSか(先生は舞台装置に近いものであるためここではあまり重要視しない)。そして保護者はそのまんま研修生たちの保護者である。

はて、お客様はどのポジションなのか。

ここに研修生発表会の独特の雰囲気を見出だしたい。

結論から言うならば、ヲタク達は教材や道具に等しいものだろうということ。

普通の(というと合ってるのか分からないが)アイドル現場では主-客は完全に演者と客で別れているが、研修生発表会ではその区別が曖昧であるのではないか。

主はステージ上にいるアイドルの卵たち。客はその保護者。このように見れば客としてヲタクは過剰であるが、アイドル現場をアイドル現場足らしめる演出装置として存在しているため全くの不要ではない。

勿論ただの主客の客としてヲタクを見ることも出来るしそれが基本ではあるのだが、普段のアイドルのコンサートとは違った楽しみ方ができる所以なのかなぁと思った次第である。

 

私は全く声を出すことの出来ないタイプなので、舞台装置にすらなることもろくにできなかったため主客の外にいる感覚になった。

電車で女子高生の与太話を盗み聞きしている時のような、第三者の立場から別世界の一部「箱」を見ている感覚で楽しむことに没頭した。これが正解ではないだろうが。

 

終演後、一番ひやひやしたと汗を拭う家族客をニヤニヤしながら見てしまった。これを見られただけでも来てよかったなと思えた。

そして舞台装置が一人一人感想を持って帰っていく素晴らしさを噛み締めながら帰った。

上記した違和感の一方でこんなにしっくり来たコンサートは初めてだったことに気がついた。私がアイドル、コンサートに求めているものは何か。その答えらしきものが通っているうちに見つかるのかもしれない。

 

ただ清々しい気分になって入ったくら寿司は満員で諦めさせられた。そういや日曜日だったな。

 

 

 

話は戻って感想。

やはり石栗奏美ちゃんの別格さが際立っていたように感じた。BEYOOOOONDSと遜色ないステージパフォーマンスと雰囲気であるとかオーラであるとかあらゆる点が他を圧倒していたように感じてしまった。

そのように私が感じてしまっただけかもしれないが、とにかく新グループのデビューもかなり楽しみであるということになった。

そしてBEYOOOOONDS。

ゆはしおでユニゾンを連発する某曲にはただただ拍手を送ることしかできなかった。


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研修生発表会は素晴らしい。

 

またの機会はいつだろう。近いといいな。